看護必要度の議論には、マクロな情報とミクロな情報をバランス良く揃えることが重要 - 医療、福祉に貢献するために |
看護必要度の議論は、病院団体などを中心に「慎重に」という意見が多く出てきており(看護必要度見直しけん制、日病や日看協がタッグ - 医療介護CBnews)、主張している点は非常に良く理解できる。一方で、改定でまったく手をつけないことも考えにくいだけに、限られた時間で建設的な議論がなされることが重要だろう。
冒頭で引用した先月のブログ記事では、看護必要度の数値の散布図を見て、次のように述べた。
マクロな視点で、下記のような看護必要度が30%台後半、40%台の病院がある・・・ということが示されたのは面白かった。分科会では「スーパー10対1」といったように言われていたかと記憶しているが、このような病院の実態をミクロな視点で把握することは、何かしら参考になると思う。ミクロな視点で捉えるべく、病床機能報告のデータから分析を試みた。その分析結果を交えながら、あるべき制度設計についてCBnewsの記事で述べさせていただいた。
同じ看護必要度でも7対1と10対1では患者像は異なる - CBnewsマネジメント |
かなり分かりにくい表現・分析結果になってしまったと反省しているが、いつもながら校正で大幅に見直していただき、何とか形にしていただいた。個人的には非常に興味深いデータで、多くの示唆を得ることができた。
議論はただ時間をかければよいのではなく、必要なデータを揃えた上で議論することが重要である。看護必要度の制度検討には、背景に患者の受療行動の変革や、行政の意識改革など、オペレーションを変えていくのに時間のかかる部分があることは事実だが、議論に耐えうるデータがないことを理由に制度検討自体に時間をかける必要はない。このような理由で慎重に議論を進めていれば、2025年、2040年はあっという間にやってきてしまうだろう。