母の声は、落ち着こうとしているものの、はっきりと戸惑っているのが分かる。
電話口では、大したことはない、命に関わることではないと繰り返していた。
でも、ICUに入っているらしい。只事ではない。
一昔前なら、「面会謝絶」なんていう札がかかっている状況に違いない。
「おい、親父が入院したってよ」
どこにいるか分からない妻にも聞こえるように、電話口から少し大きめの声で呟いた。
とりあえず、病院に行こう。
母に聞いた。
「どこに入院してるの?」
「石和温泉の○○病院」
聞いたことはない。まぁ、病院なんて、そんなに知っているものでもないから当然か。
母には落ち着けと言ったものの、一番慌てていたのは俺だった。
家を飛び出して、せめて最寄り駅くらい聞いておけばよかったと後悔した。
この古い携帯電話では、簡単に調べることもできない。
まぁいいや。石和の駅について、タクシーにでも聞けばいい。
新宿で特急かいじの切符を買った。
ひとりで山梨に帰るのなんて、何年ぶりだろうか。
結婚してからは、妻とふたり、子どもが産まれてからは三人、四人、五人と、特急の切符を買う度に値段が高くなることを嘆いてきた。
電車の時間まで、あと10分。
ぼーっとしていた。
駅の改札の中でふと見かけた広告。
「○○病院」
あ、親父が入院しているところだ。
不思議なものだ。
この広告をみたら、何となく親父は大丈夫な気がしてきた。
心配しても仕方がない。
さぁて、駅弁でも買っていくか。 (終)
という勝手な妄想をしたのは、新宿駅で、石和温泉の病院の広告を見かけたから。それだけの理由だ。なぜこんなところに広告を出したのだろう?と考えた結果、上記の妄想が生まれてしまった。なので、突然入院した父の話はもちろん創作で、うちには子どもは二人しかいない。さらには、電話口から叫ぶ必要があるほど家は広くない。しかも下の写真の広告、リハビリ病院なので緊急入院してICUいるなんてこともない。上記妄想ならば、急性期病院に入院しているはずだ。まぁ矛盾だらけだ。
新宿駅構内にあった広告 |
レトロな雰囲気の広告だからだろうか。広告にあるURLにはアクセスできなかった。正しいアドレスは下記を参照いただきたい。
富士温泉病院(山梨県笛吹市) |
あらためて言うまでもないのだが、自分は文才が無い。これは中学時代の読書感想文で十二分に認識させられた。突然、職員室に呼び出され、国語の教師から読書感想文のひどさを説教された。自分の才能の無さと努力していなかったことを棚に上げ、まがいなりにも一生懸命書いたものをここまで否定できるのか!?と切れた自分は「内容がないよぅ」とつぶやき、国語教師の怒りの火に油を注いでしまった。職員室中に説教の声が響き渡った経験は、後にも先にもその一度だけだ。
さらに余談だが、中学時代のこの一件に懲りて、努力しようとしたものの、人間の本質というのはそうそう変わるものではない。高校の読書感想文。「読まなければ良かった」という書き出しで、無茶苦茶な感想文を書いた。でも高校の国語教師には怒られなかった。ネガティブな感想であれ、しっかり読書し、自分の正直な感想を文にまとめたことを評価してもらったと信じている。間違っても国語教師が読まずに捨てたなんてことはないはずだ・・・。
ショートストーリーだからこそ、いやショートストーリーでさえ、うまく書けない自分は、今後この手の妄想は自粛する。反省。